リモートワークで働けている。
通勤はなく、時間にも多少の余裕がある。
周りから見れば、たぶん「安定している会社員」だと思います。
実際、そう言われることも少なくありません。
「リモートで働けるなんて恵まれているよね」
「今の時代、それ以上何を求めるの?」と。
でも正直に言うと、
この働き方を手に入れてからのほうが、将来への不安は強くなりました。
会社に行かなくなり、
毎日決まった人と顔を合わせることも減り、
気づけば「自分は今、何を積み上げているんだろう」と考える時間が増えていったんです。
特別な不満があるわけではありません。
給料が極端に低いわけでも、ブラックな環境でもない。
それでも、「このままでいいのか?」という感覚だけが、ずっと頭から離れませんでした。
この不安がきっかけで、
私は何度も副業のことを考えました。
ブログ副業も、その一つです。
ただし理由は、「稼ぎたいから」ではありません。
もっと現実的で、もっと弱い動機でした。
この記事では、
リモートワークの会社員という一見安定した立場にいながら、
なぜ将来に強い不安を感じていたのか。
そして、なぜブログ副業を考え続けてしまったのか。
その本音を書いていきます。
リモートワークで働けている今の状況
まず前提として、当時の働き方は、客観的に見ればかなり恵まれていたと思います。
毎日決まった時間に満員電車に乗る必要はなく、
出社のために身支度を急ぐこともありません。
仕事は自宅で完結し、時間の使い方にも以前より余裕がありました。
いわゆる「リモートワークができる会社員」という立場です。
少なくとも、働き方だけを切り取れば、不満を口にする理由は見当たらない状況でした。
この時点では、
まだ「将来が不安だ」とはっきり自覚していたわけではありません。
ただ、生活が楽になった一方で、
これまでとは違う感覚が、少しずつ芽生え始めていました。
通勤がなくなり、時間に余裕はできた
リモートワークになる前は、片道2時間の電車通勤をしていました。
朝は5時45分に起きて、
急いで朝食をとり、スーツに着替え、
6時40分には家を出る生活です。
朝早い上に、毎日満員電車。
仕事が始まる前から、正直かなり消耗していました。
リモートワークに切り替わってから、この生活は一変します。
起床時間は7時。
朝食をとったあと、仕事が始まる9時までは自由時間。
ブログを触ったり、ゆっくり過ごしたり、
「朝に余裕がある」という感覚を、初めて持てるようになりました。
満員電車に乗る必要もなく、
電車遅延や天候を気にして早めに家を出ることもありません。
遅刻の心配がなくなっただけでも、
精神的なストレスは大きく減りました。
体力面でも変化ははっきりしていました。
単純に、通勤に使っていた1日4時間がなくなり、
その分、休める時間が増えたからです。
仕事終わりにどっと疲れることも少なくなりました。
平日の自由時間は、体感で2〜3時間は増えました。
昼休みやちょっとしたスキマ時間も、
周りの目を気にする必要がありません。
家事をしたり、仮眠をとったり、
気が向いたときにブログを開くこともできました。
正直、ストレスは大幅に減りました。
「もうリモートワークなしの生活には戻れない」
そう思ったのも、この頃です。
自分の性格に、リモートワークは驚くほど合っていました。
ただ、時間に余裕ができたからこそ、
「この時間をどう使うべきなんだろう」という気持ちが、
少しずつ芽生え始めていたのも事実です。
周りからは「安定している」と言われる
リモートワークになってから、周りの人からはよくこう言われました。
「いいなぁ、通勤なしで羨ましい」
「リモートで働けるなんて最高だね」
確かに、外から見れば恵まれた環境です。
通勤のストレスもなく、時間にも余裕があり、
仕事も順調に回っているように見えたと思います。
でも、内心はまったく安定していませんでした。
リモート環境を選んだ代わりに、給料は少し低めでボーナスもありません。
将来のお金に対する不安は常に心の片隅にありました。
さらに、会社がいつリモートをやめるかも分からない。
今の状況が永遠に続く保証は、どこにもありません。
あるとき、会社の案件で「今回のプロジェクトに入ったら客先に出社してもらうかもしれない」と言われたことがありました。
結局その案件には入らなかったので、実際に出社することはありませんでした。
しかし、その可能性が出た瞬間、胸が重くなり、心臓がぎゅっと締め付けられるような気持ちになったのを覚えています。
こうして改めて振り返ると、
周囲から見るとストレスなく順調に働いているように見えても、
私の中には「環境が変わるかもしれない」という不安と、
「お金が足りなくなるのでは」という懸念が常に存在していたのです。
このギャップこそが、
後に副業やブログを考える動機の核になっていきました。
それでも将来が不安だった
リモートワークという恵まれた環境に身を置いていても、心の中は決して落ち着いてはいませんでした。
通勤のストレスはなくなり、自由な時間も増えました。
周りから見れば「安定している」と思われるかもしれません。
でも、自分の目に見えないところで、将来への不安は少しずつ積み重なっていったのです。
この働き方が本当に続くのか
自分のスキルはちゃんと積み上がっているのか
会社に依存したままで大丈夫なのか
頭の中には常にこうした疑問が渦巻き、
心のどこかで「今のままではいけない」と感じていました。
ここでは、
私がどのような将来の不安を抱えていたのか、
具体的に掘り下げていきます。
会社・制度が変わる不安
リモートワークという恵まれた環境で働けているはずなのに、
心の奥では常に「この働き方が続くのか」という不安がありました。
私はリモート前提で転職してきたのですが、ある日上司からこう告げられました。
「リモートは絶対ではなく、必要であれば客先に出社してもらうこともある」
この一言で、頭の中に最悪のシナリオが一気に浮かびます。
もしリモートがなくなったら、今の働き方は続けられるだろうか。
会社の方針や制度は、自分の意志でどうにもできないことばかりです。
いつ制度が変わるか分からない不安は、毎日心の片隅でくすぶっていました。
さらに、リモート環境を優先した分、給料は低めでボーナスもなし。
大企業でもないので、制度が変わる可能性も十分にあります。
「今が安定しているように見えても、将来はどうなるか分からない」
その現実を突きつけられるたび、胸の奥が重くなる感覚を覚えました。
周囲からは順調に見えても、本人にしか分からない不安がある──
この感覚が、後に副業やブログを考え続ける動機のひとつになったのです。
給料や貯金が十分でない不安(お金・生活面)
リモート環境は確かに快適でした。
通勤のストレスもなく、自由な時間も増えました。
しかし、その快適さの裏で、将来のお金に対する不安は常に消えませんでした。
リモートワークを優先した結果、給料は低めでボーナスもなく、貯金も十分ではありません。
「もし急に環境が変わったらどうしよう」
そんな思いが頭をよぎるたび、心臓が少し重くなるような感覚がありました。
会社員としての収入だけでは、将来の生活や急な出費を十分にカバーできない可能性があります。
特に過去に体調を崩した経験がある私にとって、
リモートがなくなり、体調を犠牲にして働かざるを得なくなる未来はリアルに恐ろしいものでした。
お金の不安は、単なる数字の問題ではなく、
「自分が安心して働き続けられるか」
「生活や体調を守れるか」という、人生の選択肢に直結する問題でした。
周りから見れば、リモートで働き、自由な時間もあって恵まれているように見えるかもしれません。
でも、目に見えないお金の不安は、本人にしか感じられない現実です。
リモートがなくなったら体を壊すかもしれない不安(健康・心身)
リモートワークの快適さは、私にとって単なる便利さ以上の意味を持っていました。
前職でのストレスが原因で適応障害を発症した経験があるため、体調管理は非常に重要だったのです。
もしリモート環境がなくなり、再び通勤や客先での勤務を強いられたら…。
その想像だけで、胸がぎゅっと締め付けられるような不安に襲われました。
体調を崩した過去の経験があるからこそ、無理して働くことの恐怖がリアルに浮かびます。
さらに給料や貯金が十分でない現実も重なり、
「体を壊して働けなくなったら生活が成り立たない」という恐怖も同時に押し寄せました。
この不安は単なる健康面の心配ではなく、
「働き続けられるか」「生活を守れるか」という人生の選択に直結する問題でした。
目に見えない不安の重さが、日々の仕事の中で小さなストレスとなり、
安心して働くことができない原因になっていたのです。
周囲からは順調に見えても、本人にしか分からないこうした健康面の不安が、
後に副業やブログを考える大きな動機につながっていきました。
会社員という立場への違和感
会社員として働くこと自体には、安定や安心感があるように見えます。
でも、日々の仕事を続ける中で、次第に違和感を覚えるようになりました。
それは、評価や報酬の基準が自分の中にあるわけではなく、他人や会社の判断に委ねられていること。
上司の評価、会社の制度、プロジェクトの都合…
自分の努力や成果が必ずしも自分の手に返ってこない感覚は、思った以上に重くのしかかります。
さらに、どれだけ頑張っても、自分の代わりはいくらでもいる存在だという現実も見えてきました。
努力が形として残らず、立場や役割が常に変動する中で、
「会社員であること」に漠然とした違和感と虚しさを感じるようになったのです。
ここでは、そんな会社員という立場ならではの違和感を、
2つの視点――評価軸の不安と、代替可能な存在である恐怖――から具体的に掘り下げていきます。
評価軸が自分の外にある不安
会社員として働くと、努力や成果が必ずしも自分の手で評価されるわけではありません。
私自身も、仕事を頑張り、目に見える成果を出したつもりでした。
しかし、給料やボーナスにはほとんど反映されず、努力が形として返ってこない現実に直面しました。
「どれだけ頑張っても、評価は上司や社長次第」
この言葉が頭をよぎるたび、焦りや虚しさを感じます。
会社の評価軸に自分の価値を委ねるしかない状況は、思った以上に重く、心のどこかで違和感を抱かせます。
会社員として働く限り、努力が必ず報われるとは限らない。
この現実を突きつけられるたびに、
「自分の時間と体力をどこに注ぐべきか」という迷いが生まれました。
会社員として働くと、自分の努力が自分の手で返ってこない瞬間があります。
その違和感や無力感が、後に副業やブログに目を向ける動機のひとつになったのです。
代替可能な存在だと感じる瞬間
あるとき、別のプロジェクトに移る機会がありました。
そのとき気づいたのは、自分が抜けてもチームは問題なく回っているという現実です。
会社の仕事というのは、実は誰が担当しても回るように設計されており、特別に自分が必要というわけではありませんでした。
その瞬間、胸の奥に小さな虚しさが広がりました。
もし突然自分がいなくなったとしても、会社は何とかやっていける。
自分の存在がなくても、仕事は滞りなく進む──
その現実は、会社員として働く限り、避けられないものだと痛感しました。
さらに思考を進めると、こう考えざるを得ませんでした。
「会社にとって私は替えが効く存在だ。もし『リモートじゃないと働けません』などと言えば、クビにされても仕方ない」
仕事を辞める自由がない以上、会社のルールに従って働くしかない現実が、より自分の立場の脆さを際立たせます。
どれだけ頑張っても、会社にとって自分は代わりがきく存在に過ぎない。
この感覚は、表面的には安定しているように見える会社員の働き方に、思った以上の違和感を抱かせる瞬間でした。
副業を考えた理由は「稼ぐこと」と「選択肢を持つこと」
会社員として働く中で、給料や雇用に対する漠然とした不安が常にありました。
「もし今の会社を辞めたいと思ったとき、生活は成り立つだろうか」
そんな考えが、ふと頭をよぎる瞬間があります。
だからこそ、副業を始めることを考えました。
ひとつ目の目的は、会社員の給料以外で収入を得ること。
副業で実際にお金を稼ぐことで、生活の不安を少しでも減らしたかったのです。
そしてふたつ目の目的は、会社員を辞めたいときに辞められる選択肢を持つこと。
副業で会社員の給料くらい稼げる収入を持っていれば、働き方を自分で選べる自由が生まれます。
稼ぐことと選択肢を持つこと、この二つが、副業を始める大きな動機でした。
会社員の給料以外でお金を稼ぎたい
リモート環境を優先して前職よりも給料を下げて転職してきた私にとって、生活はできるものの十分な貯金はできない状況が続いていました。
基本給は低く、ボーナスもなく、給与アップのチャンスも限られています。
このまま年を重ねていくと、将来のライフプランはさらに厳しくなるだろうと考えていました。
そんな中、副業で稼ぐことに魅力を感じました。
会社員の給料の多くは生活費に消えてしまいますが、副業で得た収入はそのまま貯蓄や自分の生活を豊かにするためのお金として使えます。
目に見える形で自分の自由度や選択肢を増やせることに、大きな価値を感じました。
年を重ねるにつれて転職のハードルは上がり、選択肢は狭まっていきます。
それでも、リモート環境だけは手放したくない。
だからこそ、副業で収入源を増やし、将来の自分の生活や自由を守る必要がある――そんな焦りと危機感が、副業を始める大きな原動力になりました。
会社員の給料だけでは、将来が少し不安に感じることってありませんか?
副業で少しでも収入源を増やすことは、心に余裕を生み、人生の選択肢を広げる第一歩になります。
会社員を辞めるための選択肢を持ちたい
リモートができないプロジェクトに参加する可能性があると知らされたとき、私は強い不安を感じました。
前職で仕事のストレスが原因で適応障害を発症した経験があるため、いつ体調を崩して働けなくなるか分からなかったのです。
さらに、生活費で給料のほとんどが消えてしまい、十分な貯金もできない状況でした。
このままでは、体調や会社の都合次第で、自分の生活が大きく左右される不安が常に頭をよぎります。
だからこそ、副業を始めることを考えました。
副業で収入を得られれば、生活に余裕が生まれ、貯金も可能になります。
そして、もし副業で会社員の給料くらい稼げるようになれば、会社がリモートを辞めたときや体調を崩して働けなくなったときも、会社に依存せず生活できる選択肢を持つことができます。
内心では、「会社に縛られず生きたい」「自由を手にしたい」という思いがありました。
副業で収入を持つことは、ただのお金の話ではなく、精神的な安心感を得る手段でもありました。
それでも現状は、収入面の制約からすぐに会社を辞めることはできず、もどかしさを感じていました。
会社を辞めたいと思っても、収入がなければ選択できないことってありませんか?
副業があることで、働き方や人生の選択肢に余裕が生まれる――それが私が副業を始めた最大の理由でした。
ブログ副業は不安を消す手段ではなかった
副業としてブログを始めたのは、生活の不安や将来の選択肢の少なさを少しでも解消したいと思ったからでした。
「副業で稼げれば安心できる」「ブログで収入を作れば、会社に依存せずに生きられる」と考えていました。
しかし、実際にブログを始めてみると、不安は完全には消えませんでした。
収入はすぐには安定せず、PVや成果の数字に一喜一憂する日々。
「これで将来も安心できるのだろうか」という思いが、ブログをやっている最中も心のどこかに残り続けました。
副業=不安解消、という単純な図式は成り立たない。
それでも、なぜかブログに向き合い続けてしまう自分がいたのです。
やっても不安は消えなかった
ブログを始めたのは2019年でした。
前職で適応障害を発症し、「このまま会社で働けなくなったらどうしよう」という不安から、会社以外の収入源としてブログを選びました。
もし働けなくなっても、少しでもお金が入る仕組みがあれば安心できる。
そんな思いで始めたブログですが、現実は想像以上に厳しいものでした。
6年以上ブログを続けてきましたが、6年間の合計収益は2万円にも届きませんでした。
月平均にすると、約200円程度。
生活を支えるどころか、「副業」と呼ぶのもためらう金額です。
当然、この収益では将来の不安は消えません。
むしろ、試行錯誤しても成果が出ないことで、焦りや不安は強くなっていきました。
時間をかけて記事を書き、改善を重ねても結果が出ない。
それなのに、サーバー代やドメイン代といった固定費だけは毎月かかる。
お金を稼ぐために始めたはずなのに、気づけば赤字運営になっていました。
「副業を始めれば安心できる」と思っていたのに、
実際は時間と労力だけが消費され、気持ちの余裕はむしろ減っていったのです。
不安を消すために始めたブログが、
いつの間にかストレスの原因になってしまっていました。
副業を始めたからといって、
必ずしも思うような金額を稼げるわけではありません。
この現実を、私は身をもって痛感しました。
それでも考え続けてしまった
正直に言うと、ブログを続けても不安が消えなかった以上、
「もうやめたほうがいいんじゃないか」と何度も考えました。
それでも、ブログを完全にやめる決断はできませんでした。
一番大きかったのは、
今やめたら、6年以上かけた時間と労力がすべて無駄になるという感覚です。
成果はほとんど出ていないのに、ここで手放したら、本当に何も残らない気がしました。
それに、ブログをやめた瞬間、
自分の収入は会社の給料一本に完全に戻ることになります。
リモート環境がなくなるかもしれない不安、
体調を崩して働けなくなるかもしれない恐怖を考えると、
「会社しか収入源がない状態」に戻るのが、どうしても怖かったのです。
頭の中では、ずっと同じ言葉がぐるぐる回っていました。
「今やめたら、これまでの時間は全部無駄になる」
一方で、心が折れそうになる瞬間も何度もありました。
自分より後からブログを始めた人が、
「3ヶ月で月1万円達成」「ブログで成功して脱サラ」
そんな話を目にするたびに、
「ああ、自分はもうその成功ルートには乗れなかったんだな」と突きつけられる気がしました。
稼げないなら、ブログをやる意味なんてない。
そう思いながらも、なぜか完全には手放せなかったのです。
それはきっと、ブログが希望そのものになっていたからだと思います。
実際に稼げていなくても、
「いつか成果が出るかもしれない」と思える行動をしているだけで、
会社に100%依存している状態より、ほんの少しだけ心が楽でした。
うまくいっていなくても、
行動をやめてしまう方が怖い。
そんな気持ちに、心当たりはありませんか?
この不安が、またブログに戻る動機になった
ブログを続けても不安は消えず、
何度も「もうやめよう」と思ってきました。
それでも時間が経つにつれて、
不思議とまたブログのことを考えている自分がいました。
安心したいから続けたわけでも、
楽しくて仕方なかったからでもありません。
むしろ、不安が消えなかったからこそ、目を背けられなかったのだと思います。
この章では、
なぜ私はもう一度ブログに向き合うことになったのか。
その「動機」を、正直に書いていきます。
安心したいわけじゃなかった
不安を感じるたびに、「安心したい」という言葉が頭に浮かびました。
でも、よく考えてみると、私が本当に求めていたのは“安心”そのものではなかった気がします。
仮に会社員として今の生活がこのまま続いたとしても、
心から安心できるかと言われると、正直そうは思えませんでした。
会社に頼りきった状態でいると、いざ環境が変わったときに、自分には何もできなくなる。
その感覚が、どうしても拭えなかったのです。
だから私は、「何もしなくていい状態」よりも、
自分で選べる選択肢を持っている状態でいたいと思っていました。
ブログが稼げていなくても、
何も行動していない自分よりは、まだマシだと感じていました。
成果は出ていないけれど、少なくとも現実から目を背けてはいない。
その事実だけが、かろうじて自分を支えていたのだと思います。
実際、成果が出なくてブログから距離を置いた時期もありました。
けれど、そのときのほうが、将来への不安は大きくなりました。
給料以外の収入を得るために、何も行動していない。
その状態が、想像以上に怖かったのです。
以前の私は、
「会社で頑張って、昇進して、給料を上げていけばいい」
そう考えていました。
しかし、適応障害を発症したことで、その前提は崩れました。
いざというときに、
「会社で働かなくてもいい」という選択肢を持っていないこと自体が、
大きな不安になるのだと気づいたのです。
今もブログで成果は出ていません。
それでも、少なくとも私は行動し続けています。
私にとっての「安心」とは、
不安が一切ない状態ではなく、
いざというときに、自分で選べる自由を持っていることなのだと思います。
次は「続かなかった理由」を振り返る
ここまで読んでもらって、
「それでも結局、努力が足りなかっただけじゃないの?」
そう感じた人もいるかもしれません。
でも、少なくとも私自身は、
ブログを片手間でやっていたつもりはありませんでした。
平日は1〜2時間、休日は2〜3時間。
6年間で書いた記事数は200記事以上。
時間も労力も、それなりに注ぎ込んできたと思っています。
それでも、試行錯誤を続けてもアクセスは伸びず、
収益もほとんど出ない時期が長く続きました。
他の人が、自分よりもずっと短い期間で成果を出しているのを見るたびに、
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文章力、構成、デザイン。
あらゆる面で圧倒的な差を感じたこともあります。
最初は期待を持って始めたブログでした。
けれど、成果が出ない期間が続くうちに、
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それでも完全にやめられなかったのは、
ここまで費やしてきた時間や努力を、無駄にしたくなかったからです。
気づけば、「やりたいから続ける」ではなく、
「やめるのが怖いから続ける」状態になっていました。
なぜ、これだけ時間を使っても続かなかったのか。
なぜ、何度も手が止まってしまったのか。
次の記事では、
私がブログを続けられなかった本当の理由を、
感情や状況も含めて整理していきます。
もしあなたも、
自分なりに努力したのに成果につながらず、何度も止まってしまった経験があるなら、
きっと共通点が見つかるはずです。
ブログを続けられなかった時期が、6年間の中で何度もありました。 やる気がなかったわけではありません。 むしろ「今度こそ頑張ろう」と何度も思っていました。 それでも、気づけば更新が止まり、 WordPressを開かない日が増えてい[…]